空白の戦記の中の一篇。
終戦直後に特攻した宇垣長官らについて久留米市まで聞きに行った話。
話をしてくれたのは、当時、出撃に立ち会った宮崎と言う人。
この人はお前は残れと宇垣長官に言われて特攻できずに生き残った人だ。
この宇垣と言う人は、山本五十六と共にゼロ式戦闘機で出撃し山本五十六の戦死を目撃した人物でもある。
宇垣は、太平洋戦争の発生以来常に海軍の要職にあって作戦指揮に任じてきた。
特別攻撃の展開を了承した人でもある。
「若い者が突っ込んでいくのだから、それだけの戦果をあげるようにしてやりたい。作戦は効果のあるように立てなければならぬ」と繰り返し宮崎ら、作戦関係参謀に言っていたそうだ。
特別攻撃は、この本を読むまでもなく、ベテランパイロットが死んでいくんだからだんだん成果は上がらなくなる。
アメリカ兵は相当怖かっただろうと思う。
その後、広島に原爆が落とされ、ポツダム宣言受諾という流れになる。
宇垣は、このアメリカに対する全面降伏の情報をサンフランシスコ放送を傍受して知る。
このような重大なことを戦闘に従事している高級指揮官につたえず、逆に積極的な攻撃命令を発してきた海軍中枢部の態度に立腹していた。
ポツダム宣言の受諾は無条件降伏であり「生きて虜囚の辱しめを受けず」という日本陸海軍の伝統的な考え方からは全く相反したもので、承服できるものではなかった。
宇垣は積極攻撃をつづけるべきだと判断する。
そして宇垣長官みずから特攻することとなる。
この特攻にはたくさんの人が志願していが、本音だろうか?と私は疑ってしまう。
そう言わざるを得ない状況ではなかったか?と思う。
もう、全面降伏したのだから死ぬ必要はないではないか。
でも、今まで特攻で死んでいった仲間のことを考えると自分だけ生き延びるわけにはいかない心情があったのかな~とも思う。
正直、乱暴な言い方だが、宇垣一人で突撃すれば?と読んでいて思ってしまった。
長官が自ら突撃すると言えば部下は従うしかなかったのでは?
おわり
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